はじめに
2022年10月31日朝 6 時、歩くと体が左に傾きまっすぐ歩けない症状が出た。家族と話そうとすると、呂律が回らない。これはただことではないと、通勤途中の駅近くの脳神経クリニックに 8 時ごろ飛び込み、症状を話すと即 CT の撮影。頭がくらくらして、ぼんやりしている私に、ドクターから「近くの市立病院にすぐ行ってください」と言われる。
紹介状と先ほど撮影した CT 画像を持参して、9 時過ぎに市立病院に着き、紹介状を見せると、車椅子に座らされ、多くの順番待ちの患者を飛ばして裏手の救急外来に連れて行かれる。
意識はフラフラとしながらも、医師や看護師と会話はできる。若いドクターの指示で、自分の指で自分の鼻を触り、素早くドクターの指に素早く触れる動作や、目を閉じて両腕を並行にあげるなどの動作テストを受ける。その後 MRI を撮影して、医師より「アテローム性脳梗塞なので、すぐ ICU に入ってください」との宣告。54 歳にしての脳梗塞の診断が確定した瞬間である。
ICU の入っている 2 週間、ふらつき、しゃべりづらさ、右手の痺れを感じながらの血管造影 CT、心電図、頸動脈超音波と検査が進むが、担当医の説明の歯切れが悪い。というのも血管の状態が悪く、血流の循環が厳しいとの指摘。高齢者ならこのままでも良いが、54 歳と比較的年齢も若いので、「この血管状態はかなりまずくて、高度狭窄症となる。外科的な治療で血管拡張術を受けないと、この後の人生が・・・」と、自覚症状以上に悪い状態を告げられた。
外科的治療には定評がある、指導医のいる大学関連病院を紹介される。
10月末の発症から ICU、退院を経ての 25 日後、大学関連病院にて、血管内治療を受けるために入院検査を開始。ここでも「小脳は運動機能の調整等を担う重要箇所ですので、今度発症したら、目を覚さない可能性もあります。きちんと治療しておきましょう」との指摘を受けるが、検査が進み更にまずい状況が判明する。「脳血管造影で、脳幹への血流が乏しく、閉塞長が 20mmを超えており、石灰化もあり、血管内治療での再開通は困難と判断しました」と告げられる。10 月の脳梗塞発症から、自覚症状以上に脳血管の状態が悪すぎての転院に続き、今度は外科治療が困難と治療の選択肢が無くなった。「外科的治療を行わないと、この後の人生が・・・」と言っていた紹介元の医師の言葉が重くのしかかる。
八方塞がりで、薬による保存的加療(要は打ち手がないので薬のみ)を提示された私は、このとき自らが研究に関わっている再生医療で、この状況をなんとかして打開せねばと心に強く誓った。本闘病記は、脳梗塞発症から約6ヶ月にわたる、奇跡的改善の記録である。
本書の意図
日本では、脳血管疾患の患者数は、厚生労働省「患者調査」によると、2020 年で 174.2 万人(男性 94.1 万人・女性 80.1 万人)となっています。男性の 70 歳代(36.5 万人)、女性の 80 歳以上(36.1 万人)で患者が多くなっていますが、私のように 50 歳代で発症する人は、7.9 万人(患者数の約 4.5%)とさほど多くはありません。また患者数は年々減少傾向にあります。
しかし、一度脳梗塞を起こした患者は、再発しやすいことがわかっており、発症後 1 年で 10%、5 年で 35%、10 年で 49.7%の人が再発すると言われています。さらには再発による後遺症はより重くなり、別の後遺症を引き起こすことも報告されています。
自分に置き換えると、私が64歳までに再度脳梗塞を発症する可能性は 49.7%で、今回の症状、脳血管状態を考慮すると、再発=死の恐怖さえ感じます。この高い再発率を考えると、発症から6ヶ月、良好に改善した記録を残し、この後の10年も再発のない生活が継続できるよう、自分への戒めとして、治療の記録を続けたいと考えています。
また、自分同様に積極的な治療の選択肢がなかった方への一助となるよう、個人的な事柄ですが、なるべく客観的、エビデンスに基づいて記載したいと思います。
私の脳梗塞治療
私の脳梗塞闘病は、再生医療という一点を除いて、特別なことは何もしていません。また、再生医療といっても、特別な病院や、先端医療を施したのではなく、1ヶ月間自宅で朝晩に点鼻薬を噴霧しただけです。私の脳梗塞の治療をまとめると、以下の通りです。
① 脳梗塞の症状/特に血管状態があまりにも悪く、積極的治療が適応外となった。
② 医療機関で提示された治療方針は、1)薬の投与のみ。あとは自宅での 2)食事、3)運動など日常生活の改善。
血管状態が悪いにも関わらず、外科的治療は行えず、普通の治療のみでは、再発のリスクが高いと考え、追加で
③ 再生医療(エクソソームの点鼻薬)
を 1ヶ月行いました。
発症後、6ヶ月が過ぎましたが、症状の改善および脳血管状態も劇的に改善してきました。これまでの経緯を振り返ると、何が良かったのかを考えると、③以外は特別なことは何もてていません。もちろん②の生活改善は徹底して行いましたが、統計数値や類似症例を見ると、ここまで改善はかなり劇的だと感じています。この普通とは違う一点はかなり強調したいと思います。
治療経過
私の脳梗塞は「アテローム血栓性脳梗塞」で MRI では脳幹・左小脳半球に脳梗塞が認められました。赤の矢印部が該当箇所です。脳幹は呼吸・循環など生命活動の基本的な営みを支配するとともに運動指令を中継する機能を担当しています。いっぽう小脳は、平衡感覚、バランスなどの運動機能を担当しています。
私の自覚症状は、「ふらつき」「しゃべりづらさ(構音障害)」「右手のしびれ」「飲水時にむせる(嚥下障害)」などだったので、まさに損傷部位に関係する症状が出ました。不幸中の幸いで、介護状態ではありませんでした。ただし、思うように喋れない、水を飲むたびにむせるは日常生活でかなり支障を感じました。
この状態は、再生医療を開始した 2 週目からかなり改善しており、現在は周りからも「しゃべりづらさなどは全くわからない」との指摘をもらっています。脳梗塞の危険因子である血圧、中性脂肪、コレステロールなどの数値もかなりの改善傾向にあります。時系列に治療の概要を記載すると下記の通りです。考察記載の通り、治療は真面目に行い、結果症状ともに改善傾向にあります。
薬については、これまで飲み忘れはほんの数回程度で、ほぼ毎日服薬していました。ちなみに飲んでいる薬は、発症後ずっと同じで、下記の 5 剤を服用しています。
これらの薬は、脳梗塞の患者に一般的に処方される、血液サラサラ、コレステロールの低下、高血圧の改善を期待したもので、特別な薬は処方されていません。
食事についても、一般的なことこころがけました。減塩・コレステロールに気をつけ、青身魚や野菜を積極的にとるなどです。タバコはもともとすいませんが、お酒はたまに適量飲む程度です。お酒を飲むとフラフラするのが、酔いが原因のフラフラか、脳梗塞が原因のフラフラかわからなくなるので、なるべく飲まないように気をつけるのが習慣化しました。
運動はかなり積極的に取り組みましたが、歩数データを見ると、退院後は 1 日 10000 歩程度、アクティビティーを見ると 1 日最低 60 分は動いていたことになりますので、運動選手のようなトレーニング・リハビリではなく、生活習慣に運動を取り入れた程度だと思います。
運動は当初ふらつきがあったため、再生医療を行なった 2023 年 1 月から本格的に取り組みました。発症退院直後の 11~12 月は、歩くとクラクラするので、10 分歩いては休む、場合によってはしゃがみ込む状態が何度もあり、家族と散歩も出来ない状況が続きました。再生医療を行って 1 週間後、初めてジョギング(といってもよちよち歩きのようなジョギングでした)を開始し、それから運動量を徐々に増やしていきました。ふらつきも徐々に無くなってきました。運動の内容は、家でダンベルを用いた筋肉トレーニングを週 5 回、30~40 分程度、たまにジョギングで 3km 程度ですので、これも真面目に取り組みましたが、リハビリやトレーナーをつけた本格的なトレージングではなく、自己流の運動の範囲です。
自分では、食事と運動を真面目に改善・継続した感がありますが、家族に脳梗塞発症後の生活改善に点数をつけてもらうと「90 点ぐらいじゃない」との評価でした。たまにはお酒も飲みますし、仕事で出張時は外食もして、運動も休むこともあったので、厳格な管理ではなく、気楽に真面目に継続したとの感がつよいです。
脳梗塞の危険因子である、血圧・中性脂肪・コレステロール・肥満などを見ると、食事と運動の効果がよく現れていると思います。体重は 77 .1kg から 69.5kg への減少、血圧も当初の 176/115 から 109/86 への低下が見られ、コレステロールの LDL/HDL 比も 3.4から 1.7 に改善しています。発症当初に誓った、最初防止のためにできることは全てやろうとの決意の結果として、検査結果や症状改善は確実に進んでいるとの実感があります。ただし、入院中に書籍・文献を読みあさった結果、自らできる食事や運動の改善として、この程度の改善はしておかないと、再発リスクは下げられないと当初から予想していました。
血圧・体重・ボディマス指数(BMI)などの改善は、食事や運動などやれることをやれば、自らコントロールできる指標値です。これらの数値はあくまで、症状改善や再発予防のリスク軽減値でしかなく、この程度の改善は、いろいろな事例を見ると、確実に達成可能と当初から想定していました。
検査結果:このままでよいのか?
治療を開始するにあたり、なるべく質の高い情報収集にもとづこうと考え、学術論文や専門医が参照する「脳卒中治療ガイドライン 2021/日本脳卒中学会」を中心に読み込みました。また、私の症状・脳血管状態を考えると、劇的な改善や画期的な回復を目指すことは必須と考え、医学会が提唱する標準治療では限界があると考え、学問的バックグラウンドのある方の脳梗塞闘病記も参考にしました。
医学の専門家ではありませんが、大学で経済学や政治学を教えている方の闘病記として出口治明著「復活への底力」/講談社現代新書や栗本慎一郎著「脳梗塞になったらあなたはどうする」などを読むと、「劇的な改善」や「完全復活」などの単語がならび、工夫・継続して治療やリハビリに取り組めば、症状は改善するものだと元気づけられもしました。
さらに、珍しい民間療法や、一部医療機関で行われている標準療法やガイドラインからは外れた治療薬があることも知りました。しかし、私の場合、どうしても既存治療では改善が困難な点がありました。
私の、血管状態を見ると、下記の通り、左図で高度狭窄が見られ(狭窄部 60%以上が高度狭窄で、私の場合は 80%以上との判断でした)、右図では石灰化が確認できます。専門的には椎骨動脈の V3 から高度狭窄を認めており、後方循環の血流が厳しい状態との指摘でした。要は血管が詰まって細くなっており、血液がうまく流れていない状態です。
このよう高度狭窄の場合、「最良の内科治療に加えて、経皮的血管形成術/ステント留置術を行うことも妥当な選択肢とされている」というのが脳卒中治療ガイドラインの記載となりますので、私の脳梗塞および血管の閉塞を確認した脳梗塞発症当時の担当医は、血管形成術、を早期に行った方が良いとの判断で、大学関連病院に紹介したという経緯です。
このステント留置術(一般的には血行再建術などと大学病院のホームページでは記載されています)は、まだ歴史も浅く十分な科学的根拠はないとの記載もありますが、大学病院などのホームページを参照すると、狭窄が自然に改善する可能性は低く、早い段階での手術治療が進められています。(下記は A 大学病院ホームページの抜粋です)
血行再建術を行わなかった場合にはどのような予後になるか
手術をせずに経過観察する場合、上記の内科的治療を行いながら定期的に画像を撮影し、狭窄の進行および脳梗塞の発症の有無を観察します。狭窄が自然に改善する可能性は低く、狭窄が進行した場合には脳梗塞が発症するリスクが上がり手術難度も上昇するため、早い段階での手術治療が勧められます。
狭窄率が高い場合はこのように、早い段階での手術が進められますが、この手術が適応外と診断されたのが 11 月中/発症から約 30 日後です。当時の自分のノートを見ると、先生に告げられた「脳幹、左小脳半球梗塞を認める。CT 血管造影では左椎骨動脈は描出されておらず閉塞所見を認める。側副血行も両側とも乏しく、脳幹の血流は乏しい状態。閉塞長は 20mm を越えており石灰化もあり、血管内治療での再開通は困難」と絶望的な文章が書かれています。
この時点で、リハビリをしながらも、取れる治療は抗血小板量療法・薬の保存的加療/直接原因を取り除くのではなく、症状の改善や緩和を目指す治療のみで経過を見るというフェーズに移行していきます。自然に改善する可能性が低いと分かっていながら、手術が出来ない、この状況に、「このままではまずい、なんとかせねば」との思いでした。
新たな取り組み、再生医療
私は、以前から再生医療に注目しており、この治療法が未だ標準療法として提供はされていないものの、論文等で、血管新生、運動機能など後遺症の改善などの有効性があることを知っていました。薬・食事・運動などは積極的にやるにしても、自然に改善する可能性が低い状況に、何か新しい・画期的なことをやってみないとと焦る気持ちから、この再生医療を実施する計画を立てました。
私は介護状態ではなかったため、再生医療の治験などにエントリーするのは難しく、薬事法に抵触しない治療方法として、再生医療で用いられる幹細胞の培養時に採取される上澄み液に注目しました。この上澄み液(幹細胞培養上清液として、化粧品原料の分野などでも応用されている物質です)には幹細胞と同様の有効性があることは、よく知られており比較的手に入りやすい物質です。この技術の発展系として、幹細胞を破砕して、細胞内の内容物を抽出する技術があるのですが、この手法を用いると培養上清液よりもかなり高濃度のエクソソームという物質が含まれることを知っていました。このエクソソームは脳梗塞後遺症や、パーキンソン病の治療薬開発として、多くの研究論文が出ていますが、まだ臨床有効性の報告はなされておらず、この治療を試してみようと考えたのです。
脳梗塞/脳血管の閉塞部位が治療のターゲットですから、このエクソソームを脳内に届ければ、一般的に有効性が報告されている、血管新生/抗炎症効果、神経再生などの再生医療の有効性の何かが作用するのではという単純な発想です。鼻腔内投与/点鼻であれば、血液脳関門を通過して、脳に直接繋がっている経路(nose-to-brain 経路)があることは知っていたので、エクソソームの点鼻を即試してみようと考えました。
現在では脳梗塞後すぐのリハビリで後遺症はかるくなることが知られており、脳梗塞は発症から 2 週間が急性期、3~6 ヶ月が回復期、その後が生活期/維持期と言われていますので、できる限り早くやった方が良いだろうと考え、発症後 3 ヶ月目に当たる 2023 年1月から1ヶ月間行う計画を立てて実行しました。朝・晩 2 回、左右の鼻腔に点鼻/各 1 プッシュを行うという、なんとも簡単な施術を1ヶ月継続しました。
このエクソソームの効果か、薬の効果かは定かではありませんが、この点鼻以降、私のふらつきや嚥下障害の自覚症状は格段に改善し、運動・食事の併用もあって、血圧、中性脂肪、コレステロールの値なども、先の改善効果の通り、改善へと向かっていきます。低く見積もっても、副作用や悪さは何もなかったことと、脳梗塞の再発リスク要因の値においては、かなりの改善が見られたと思います。
奇跡の回復?!
幸い、薬のみの保存療法でも、生活の質はかなり改善され、再発のリスク要因は見かけ上は改善しているように見えますが、一番気になるのは、自然に改善する可能性が低いと言われる血管の高度狭窄部位の状況です。様々な新規論文を確認し続けていますが、一番予後が良いのは内科治療プラス血管内治療の併用で、合併症の論文などがその後発表され、また最新の血管内治療デバイスの試験結果が報告されたのみで、私の閉塞を改善する可能性のある報告は現時点では報告はありません。
さて、5月1日/発症約6ヶ月後に、経過観察の MRI 検査があり、脳血管の様子も見たのですが、発症前と明らかに改善していました。
医学的な説明で言うと「発症後は後大脳動脈(PCA)付近の描出不良を認めるが、6ヶ月後は、改善している」となります。MRI画像を見せられた時、心の中で「やったー」と叫びましたが、上記の画像はあくまでも病巣の写真に過ぎないので、現時点で医学的に言えるのは、ここまでのようです。担当医曰く「このような症例は見たことがない」とのことでしたので、標準療法のみでは、このような結果にはならないのだろうと予想します。
個人的には、標準療法以外で私が実施した治療は再生医療/エクソソームの点鼻のみですので、この結果以外は思いつかず、今後も再発に十分注意して、治療継続行っていきます。
なお、今回の MRI 画像を見て、一旦冷静になると、外科手術を受けられなくて/適応外で結果良かったのではないかと感じています。理由は2つあります。
一つ目は、簡単な点鼻のエクソソームが血流を改善している(ように見える)ことと、もし このような状況に陥っていないと、新たな試みも、一般的な薬・運動・食事もこのように真 面目に取り組んでいたかは不明です。また、自分以外の症状も発症時期も違う、脳卒中患者 2 名にも、同様の点鼻を行ってもらったのですが、自覚症状等に改善を実感されており、 QOL を高めていることについては高い確度で言及できる可能性があることがわかりました。二つ目として、外科的療法はこの数ヶ月、合併症や安全性での問題点を指摘する論文が数本 発表されているのが現状です。内科療法プラス外科的療法での予後は良いことがわかってい ながらも、デメリットについても様々な報告が出てきています。某大学では「MRA の描出 不良例に対する急性期血行再建術の検討」という研究が始まっており、まだまだ不明点も多 く治療成績向上の検討が進んでいる現状を見ると、少ないとはいえ、合併症や術中再発など のリスクがある挑戦をしなく良かったと現時点の感想です。
まだまだ明らかになっていない点が多い再生医療分野ですが、この物質の可能性および新たな疾患への適用拡大など、大変興味深い闘病記を過ごしており、今後も自身の経過を見守りたいと思います。
以上